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一人暮らし高齢者の増加と推計に見る日本社会の現状について

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遺品整理を行っていると、必ず問題となる「孤独死」という問題。

我々は、孤独死による特殊清掃業務なども請け負っている事業者ですが、その現場は、遺族にお見せできないようなものもあります。

このような孤独死の現場を少しでも減らし、社会全体で取り組める状況を作り出すことが、こういったお客様を救う手段の一つと、私たちは考えています。

まずは、内閣府のデータを基にした、こちらのグラフをご覧ください。

一人暮らし高齢者の動向のグラフ

一人暮らし高齢者の動向(http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2016/html/zenbun/s1_2_1.html・図1-2-1-3)
資料:平成22年までは総務省「国勢調査」、平成27年以降は国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(平成25(2013)年1月推計)」、「日本の将来推計人口(平成24(2012)年1月推計)」

  1. 「一人暮らし」とは、上記の調査・推計における「単独世帯」のことを指す。
  2. 四捨五入のため合計は必ずしも一致しない。

65歳以上の一人暮らし高齢者の増加は男女とも非常に高く、昭和55(1980)年には男性約19万人、女性約69万人だったものが、平成22(2010)年には男性約139万人、女性約341万人、高齢者人口に占める割合は男性11.1%、女性20.3%となっています。

推計では、今後も増加の一途を辿る予想です。

独居老人の増加が見込まれる現在では、生前整理や遺品整理という業務に脚光が浴びるのは、悲しいかな合理的な理由が見え隠れしています。

具体的にどのような問題が想定されているのでしょうか。

家族関係が希薄

昭和60年代以降、核家族化が一気に進行し、親元を離れて暮らす子供世代が、孫と一緒に帰省する「実家」という形が日本社会全体で浸透している今、物理的な距離とともに、心理的な距離から、身近な世間話から、自分が抱える問題を伝えるということがなかなか難しい現状が見て取れます。

地域での見守りができていない

もう一つのクローズアップしなければならないのは、社会の在り方です。

農業といった一次産業が全盛の頃は、自分の家で収穫できたものを「おすそ分け」するということが日常的に行われ、近所にお茶飲み友達がいることは当たり前の状況だった「昭和」の時代を経て、前述した核家族化などの理由から、地域関係そのものが希薄となってきました。

また、IT革命の後、移動せずにモノが購入できる状況は、今の生活に不満がなく、頼りにする人を見つける努力をしない、そもそも頼れる人間がいない、という高齢者の実像をより濃いものとし、その状況さえ肯定してしまう風潮があることも、問題点として指摘できるのではないでしょうか。

認知症の進行

「2丁目の角の○○さん、昨日夜遅くに一人で歩いてたけど、大丈夫かな」

今も昔もこのように、心配事として、ご家庭の会話で登場することはあっても、昔のように「一度、外に出て声をかけてみようか」と、行動を起こす方は少なくなってきているように思います。

地域の見守りができていない状況下と、ドラマや小説よりも奇想天外な事件が散見され、また過度に報道されていることを考えると、やむを得ないのかもしれません。

一人暮らしのご高齢の方が、認知症を患い、自分の身の回りの当たり前のことが出来なくなってしまうと、ゴミ屋敷化してしまったり、外出した先での不運な事故など、様々なリスクが伴います。

こうした地域の見守りは、認知症となってしまったご高齢の方のの幾ばくかの頼みの綱を切ってしまったように思われとても残念な気持ちになります。

孤独死につながる

認知症の進行とともに、問題になるのは、体力の低下に伴う「孤独死」の問題です。

自らの体をコントロールできない状況下、誰の力も借りることができない、こうしたご高齢の方の見守りを私たちが積極的に行っていくことが、重要なのはもちろんのことですが、何より、熱中症で亡くなられた方、お風呂場で裸で倒れたまま亡くなられた方、ご遺族の方にとっても、もちろんご本人にとっても、お気持ちを察すると、言葉になりません。

家族に看取られながら幸せに一生を終えることができる世の中をもう一度作り上げていくことはできないものなのでしょうか。

高齢者住宅という解

終の棲家としての「高齢者住宅」。

NHKでも紹介され、テレビメディアを中心に脚光を浴びているのが、神奈川県にある介護付き有料老人ホーム「油壷エデンの園」です。数十年入居されている方もいらっしゃるこの施設。

入居費は、1人入居の場合、入居一時金は、実に2,000~7,470万円、月10万円の管理費等の金額が必要です。(油壷エデンの園ウェブサイトより引用)

広大なオーシャンビューが望める「終の棲家」として、非常な人気を誇っています。

こちらの施設の設備はもちろんのことですが、驚くのは、そのサービス。

地元の食材を使った三食のおいしい料理、介護健康サービスはもちろんですが、一番重視されているのは、入所されている方々のコミュニケーション。

スタッフ一丸となって、入所されているお客様にとって、有意義な生活ができるように配慮されているとのことです。

私もNHKの該当する取材番組を拝見しましたが、入所されているお客様が、例外なくにっこりと穏やかな顔をされていたのが、とても印象的でした。

まとめ

いくつになっても、人は一人では生きていけない、という当たり前のことを改めて認識させられます。

人間は、もともと社会性を持った生き物です。

各々が、昔の話や自分の人となりを、他人とのコミュニケーションの中で、必要とされ、必要とする。

こうした数十年前まで当たり前に繰り広げられてきた日本の在り方を再度問われているような気がします。

最近は、若年の方の間で「これは神」「これはゴミ」といったように、極端な二極化で語ることが多くなってきた現代日本。

ふすまと障子で仕切られた日本古来の建築様式からわかるように、「察すること」「おもいやること」そして、極端ではない「良い塩梅」をよしとしてきた文化圏であることを私たちも再認識して、合理的をよしとするような文化を良い意味で享受しながらも、他人を思いやる気持ち、察する気持ちを持ちながら、日々少しでも過ごしていけたらと思うのです。

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